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ジャネット・リン
JANET LYNN (米国) フィギュアスケート

1972年冬季オリンピック札幌大会、女子フィギュアスケートの銅メダリスト。
決勝戦競技中の転倒に屈することなく、愛くるしい笑顔で最後までベストを尽くした18歳の少女は、金メダリストよりも多くの拍手を浴びた。

1953年、シカゴ生まれ。3歳のとき、同じイリノイ州のロックフォードに移り、初めてスケート靴をはき、5歳でレッスンを受け始める。

1968年、最年少〔14歳〕で冬季オリンピック・グルノーブル大会に出場。結果は9位。

1969年、18歳で北米チャンピオンとなり、1969年から1973年まで5年連続全米チャンピオンとなる。

1972年、札幌オリンピックでまさかの転倒。競技中に一度も失敗したことがないジャネットが、彼女にとっては簡単なフライング・スピンで大きな尻もちをついてしまったのだ。
誰もが目を疑い、メダルはなくなったと思った・・が、スクッと立ち上がったジャネットは、青い目にいっぱいの笑みを浮かべ、プラチナブロンドのショートヘアをなびかせながら最後まで美しく完璧な演技を続けた。
転倒の失敗にも拘わらず審査員は高得点を出し、芸術点ではスエーデンの審査員が6点満点をつけた。世界が感動した一瞬である。
1973年、ジャネットは200万ドルの契約金でプロスケートチーム「アイス・フォリーズ」に入団した。

世界のアイドルとなったジャネット・リンの日本での人気は殊更すさまじかった。
1973年、札幌五輪で活躍した選手など世界のトップ・プロを集めて青山グループが開催した「国際プロ・フィギュアスケート・フェスティバル」の記者会見での出来事。
プロトポポフ夫妻、トリクシー・シューバ等そうそうたる選手陣が出席する中、ジャネット・リンに記者の質問が集中。
自分だけが注目を集めることに心を痛めたジャネットが泣き出してしまうという場面があった。
ジャネットは、常に謙虚で、敬虔なクリスチャンである。ファンへのサインも丁寧に応じ、「Love, Peace & Life」の言葉を添える。
ジャネットのこの言葉をタイトルにし、ジャネットが歌った貴重なアルバム〔MGM:発売元はポリドール〕も発売され、ジャネット・リンに励まされてスケート選手になる少女のドラマ(TBS)に実名で出演したこともある。
ジャネットはもともと実力も人気が高かったが、世界を感動させた札幌での出来事がなければ、あのような異常ともいえる熱狂はなかったかもしれない。

ジャネット・リンはリチャード・サロモン氏と結婚し、コロラド州に在住。


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